雑記

一番の親孝行はあなたが元気に生きていること。たまには実家に帰って顔を見せよう

親孝行は難しいことをするものではない

妻が子を連れて実家に帰りました。

 
ああ家庭崩壊の危機。。。

 
というわけではありません。

 
たまには実家で羽を伸ばして来れば?

 
ということで里帰りをしてきてもらいました。

 
私は一人で家にいても楽しくないので、実家に帰ってきました。

独身気分満喫しています。

この数週間実家に滞在して、普段考えなかった親孝行についての所感を記事にします。

 
それは親孝行とは難しいことをするのが親孝行ではないと感じたからです。

家には親兄妹が待ってくれていた

数か月ぶりに実家に帰ってきたのですが、家族が歓迎してくれました。

 
やはりずっと育ててくれた親と、小さいころから一緒に育ってきた兄妹はいつまでも家族です。

 
こんな時間は独身の頃は当たり前だったのですが、私も結婚して親になった今ではそんな時間はとりづらくなりました。

さみしいけど時間は流れていくので仕方がないですね。

 
お互いの顔を見られるだけでも幸せです。

何気ない日常はいつまでも続かない

30代になった私はあと数年したら40代に突入します。

 
数年後は親は何歳になるのかな、とふと考えます。

 
今は元気な顔で会えていますが、いつまでも続くわけではありません。

 
親は歳をとりました。

やはり寂しさを感じます。

 
こうしてみんなが元気に会えるのはあとどれくらいなのかな、と考えるときもあります。

いつまでたっても子どもは子ども

私が親になって感じたことは、親は本当に子どもを愛おしく思う、ということです。

 
とにかく自分は二の次で、~をやらせたい、~に興味を持ってほしい、と色々なことを考えます。

そして子どもの笑顔を見ると、

 
「親になって本当に良かった。」

 
としみじみ思うのです。

 
そのように私たちが思っていることは、きっと私たちの親も同じことを思ってきたのでしょう。

 
そう考えると、ここまで育ててくれたことに心から感謝と尊敬の念でいっぱいになります。

 
会社でも子どもを持つ人と話すと、

 
「大きくなっていくにつれて生意気になって大変だよ」

 
なんて愚痴っぽく話す人もいますが、表情は嬉しそうなんですよね。

きっと子どもの小さいころの思い出をたくさんもっていて、苦労も喜びも経験してきたからなのでしょう。

 
私の子どもの話をすると、決まって聞いてくれる人は嬉しそうな、懐かしそうな顔をしています。

そんな風に私も親になっていきたいです。

特別なことをすることが親孝行ではない

そうして少しずつ私が親になっていくと、私の親にも育ててくれた恩返しがしたいと思うようになります。

 
食事をごちそうするとか、プレゼントを渡すのもいいのですが、親の喜ぶことは元気な顔を見せられることが一番の親孝行なのかもしれません。

 
私が子どもの顔を元気な顔を見ることが何よりも幸せを感じるように、親もそう思ってくれているのでしょう。

顔を合わせたときが嬉しそうにしてくれています。

 
自分が子どもの立場からすれば、

 
「もっと仕事で成功して安心させたい。」

「美味しいものを食べさせたい。」

「ほしかったものを買ってあげたい。」

 
などの目に見る幸せを考える節があります。

 
そんなに考えることはないです。

 
元気で生活していることを伝えられれば、それも一種の親孝行になります。

 
もっと気楽に親孝行を考えてもいいのかもしれません。

なかなか顔を出せないときは

仕事が忙しくて実家に行けない、親とけんかをして顔を出しづらくなった、住んでいるところが遠い、など実家に帰ることが難しい状況はたくさんあります。

 
メールやラインをしましょう。

 
電話は相手との都合がつかないと空振りになる可能性があります。

そして顔を合わせないと真意が伝わらず、勘違いしてしまうことも起きかねません。

 
メールなら勢いに任せて送信するわけではなく、一度確認することができます。

 
言葉のすれ違いを避けることができ、なおかつ時間に縛られることがありません。

話すのが好きではないという人もいますので、気軽にコミュニケーションとれるツールです。

 
いざこざが起きたときはなおさらです。

顔を合わせたくないときはメールなら会話ができます。

 
冷静に話をできる可能性を高めると、意外となんてことない問題だったんだな、と我にかえるきっかけになるかもしれません。

まとめ

年齢を重ねるにつれて、親は偉大だなと気がつきます。

 
それは自分も歳を重ねて色々なことを経験すると、今まで見えなかったことが見えてくるからです。

 
当たり前のようにやってくれたことや、陰ながら支えてくれたことは、なかなか気がつくことはできません。

いつかは自分がしてもらったことを子どもに返す日が来るかもしれません。

 
それが見返りを求めない無償の愛ということなんだと思います。

 
これからはしてくれたことをお返しする番です。

いつまでも元気でいてくれないと恩返しができないので、たまにわがままを言いながらも、私はこれからも「親の子ども」でいます。

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